おばけ昔話/ろくろう首

昔、昔、江戸の境町は、たくさんの芝居小屋が立ち並んで、それは賑やかな所でした。それぞれの小屋には人気役者の絵看板が張り出されていて、見とれて立ち止まる人のかたまりがあちこちにできています。そんな中を、一人の綺麗な町娘が、下駄の鈴を鳴らしながら歩いてきました。この娘、大変な芝居好きらしく、人混みを掻き分けるようにして、一枚一枚の絵看板を見ては、あれこれ独り言を言いながら歩いていきます。それも気に入った役者の絵の前に行くと、つい首がぬーっと伸びるので、その様子を見たものが驚きのあまり周りのものに言い触らし始めました。そうとは知らず娘は、好奇の目の集まる中を、相変わらずチリンチリンと下駄の鈴の音を鳴らしながら、中村座の前まで来ると、急に立ち止まりました。看板には忠臣蔵に出ている役者がずらりと顔を並べています。『うん、うん、力也もなかなかだけど、寛平もいい。あれ、まぁ、5段目の定九郎じゃないの。なんといっても定九郎の男振りに勝るものはいないわねぇ』などと、ぶつぶつ言いながら、ムスメの首が、思わずぐいっと伸びて液の中の中村中蔵の定九郎のところに引き寄せられました。野次馬たちは大騒ぎです。『ろくろっ首だよ』『娘っ子首が伸びた』と、まぁ、口々にやかましいこと。それでも当の娘は気が付きません。とうとう、犬までが怪しいんでワン、ワンと吠えながら娘の着物の裾を引っ張り始めました。その時に初めて我に帰った娘は、慌てて首を縮めると、うるさく付きまとう犬をなんとか追い払い、やじうまの群れを掻き分けながら、何事もなかったように立ち去っていきました。

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